6年間の幸せ。はやかです。
*長いぃぃぃテヘペロ☆五十嵐早香
私にはまだ名前が無いの。
きっとこれからも無い。
.
そしてこのまま終わるんだ、なんて考えたら出るはずのない涙が溢れてくる気がして。
いっそそのほうが「呪いの人形」なんて書かれたショーケースに入れられて、色んな人が見に来てくれて大事にされるかもしれないなんて思うの。
.
.
欠陥品の人形の末路なんて大体同じ。
売れないまま何の役にも立たず、中途半端に込められた魂ごと燃やされて終わりなのでしょ?
.
特に私みたいな、人の手で作られたブランド物の人形は感情豊かになりやすい分痛みなんて無くても、火の中で泣きわめきたくなると思うわ。
.
使われた素材がどんなに一流品でも、着ているドレスがどんなに綺麗でも、欠陥品の私は棚の端に座るだけ。
片脚が不格好な私は、工場で作られた安物の人形と同じような値札を付けられてしまった。
.
他の人形には笑われるし、このお店に来るお嬢様方はこんな安価なものを求めに来ていないわ。
.
.
「ダメかー...そろそろ諦めるか...」
なんて私の前で呟く、私を作ったご主人。
あなたのせいだと仕返ししてやりたくなるけど、人形は魂を込めた人にだけは逆らえない。
.
次の定休日に整理され捨てられる、なんて思っていた時運命は変わった。
.
.
.
「お母さん、この子がいい。」
.
.
.
いえ、これがきっと私の運命だったの。
.
.
.
私は処分寸前に綺麗な黒髪の少女に買われ、プパという名前を貰った。
6歳のお誕生プレゼントを買いに来ていたみたい。
母親からはさーちゃん、お手伝いさん達からはさや様と呼ばれているみたい。
私なんかを買ってくださったさやという変わった少女は、3人のお手伝いさんがいる大きなお屋敷に住んでいた。
.
父親は全くと言っていいほど見かけないわ。
母親はその逆で、いつもさやの心配をしていて少し厳しい方みたい。
.
そのせいか、何だかさやはいつも悲しそうな顔をしているの。
寂しいのかしら。
.
.
私を買った日からずっと肌身離さず私を抱いて大事にしてくれている。
体が弱いらしく、母親から外に出る事を禁じられているさやには私以外のお友達もいないみたい。
.
それから私とさやはずっと一緒にいた。
最初はおままごとばかりしていたけど、さやもよく動きたい年頃になって一緒にこっそり外に出たりもした。
.
庭の池に間違えて私を落としてしまって、私を取ろうとしたさやまで泥だらけになって、その後母親にすごく怒られていたりしたわ。
.
泣く時はいつも私を抱えて、言いたい事は全部私に話してきた。
.
.
おままごとの時間がおやつの時間に変わり、一緒にお茶を楽しみながらお菓子を食べたり。
ただの人形の私は食べるふりもしてあげられなかったのだけれど、本当にこの時間は大好きだったわ。
.
さやの成長は本当に早く、いつか人形相手におままごとなんてしなくなってしまうのが怖かった。
さやは周りの子供達よりもしっかりしていて、幼い顔が似合わないくらい賢い子だったの。
.
.
母親は、さやの体を心配しもう古くて汚い私を捨てたがっていたけど、さや絶対に私を捨てようとしなかった。
.
もう何年も一緒に居るせいか、さやの心の中が分かるようになってきて、さやがあまり父親も母親も好きじゃないのが分かった。
.
.
たまに私をこっそりカバンに入れて小学校まで持っていかれ、さやとクラスの子供たちを見ているがさやはまるで別人だったわ。
ベッドの中で泣きながら私に話してくるさやとは違い、いつも笑顔でクラスでは人気者だった。
それでも公園などで遊ぶのを禁じられているさやは、放課後は1人でまっすぐ家に帰っていたの。
.
.
.
そしてさやが、ある日事件を起こした。
お手伝いさんも寝ている真夜中、さやは私にこう言ったの。
.
「ごめんね、少し乱暴になっちゃうけどちょっと外で待っててね。後で迎えに行くから。」
.
そして私を窓から門の方に投げて行ってしまった。
しばらく経ってから、さやは泣きながら走ってきて私を拾い門を出た。
.
.
遠ざかっていくお屋敷の窓からは、煙が上がっていた。
.
.
.
その後さやは、親の寝室に火をつけた事も全て話してくれたわ。
少なくとも母親はそこまで悪い人には見えなかったのだけど、さやをここまでさせるほど苦しめていたのであれば仕方がないわよね。
何があっても、私はさやの味方だから大丈夫。
.
.
さやは叔父と叔母の家に引き取られ、新しい生活をする事になった。
さやの父親の会社の噂が回っていたからか、叔父も叔母もさやに冷たかった。
.
学校でも虐められているらしく、さやが私をこっそり学校に持っていく事が毎日になった。
きっと、罪悪感なども混ざって本当に辛いのでしょう。
.
可哀想なさや。
.
いつも私を捨てられないよう守ってきたさやを、今度は私が守ってあげなきゃと思ったの。
.
.
さやを虐める悠真が居なくなればきっとさやも楽になるはず。
.
.
そして私は「呪いの人形」になる事を決めた。
.
.
意地悪な叔母に乗り移って悠真の家に電話をした。
母親が電話に出たが、さやが悠真くんと話したがっていると言い代わってもらった。
.
「悠真くん、さやの叔母さんなんだけどね。さやが泣きながら帰ってきて、悠真くんが意地悪したって言ってるんだけど...本当かな?」
.
「えっ!」
.
「あっ!でもさやにちゃんとごめんなさいしてくれればいいのよ! お父さんとお母さんには秘密にしてもらっていいから、1回叔母さんとさやと会ってくれないかしら。」
.
.
真夜中に家の目の前とはいえ海辺で待ち合わせさせられても、必死に言う事を聞くオツムの悪い子で良かったわ。
きっと家では相当いい子のふりをしていてバレたくなかったのかしら。
.
あまりやりたくなかったのだけど、この仕返しはさやがするべきだと思い、夜にはさやの体を借り悠真くんを消した。
.
けれどきっとまず疑われるのは叔母のはずだから大丈夫。
電話した事も覚えてないから否定するでしょうし。
.
.
.
学校には最近さやと唯一仲良くしてくれる楓という女の子がいるけど、私はまだ信用してないわ。
だって少しおかしな子なの。
さやが居ない時に、決まって私の事を瞬きもせずに見つめてきたり、
「いいなぁ、プパちゃんはずっとさやちゃんと一緒にいれて、大好きでいてもらえて...」
とか。
.
仕舞いには、手を合わせてさやちゃんが大好きになってくれますようになんて願ってくるの。
人を殺した呪い人形にそんなお祈りしてたって気づけばきっと酷く後悔するでしょうね。
.
.
その後はまたさやを苦しめる、桃子先生という教師が出てきたの。
あの教師がさやに八つ当たりしてたのを見て怒りが込み上げてきた。
さやの影響で私の感情は益々豊かになっていることを自覚したわ。
.
.
次の日、さやは海岸を歩きながら1つの大きな石を手に取った。
その瞬間さやから怒りが伝わってきたの。
.
大丈夫、もうさやは汚させないから。
私が全部、背負ってあげる。
.
.
.
夜、夕飯を食べ終わった叔母の体に移り叔父には適当な理由をつけ学校に向かった。
案の定この時間でも学校の職員室の光は付いていて、桃子先生がいることを確認できた。
.
そして彼女が出てくるまで外で待ち、後を追ってみた。
かなり近くにのアパートに住んでいるみたいで助かったわ。
.
次の日の真夜中、寝ている叔父に気づかれないよう叔母の体で外に出たら、あの教師がアパートの前で誰かと電話で長話をしているのを見て、なんてついているのだろうと思ったわ。
.
さやが起きないよう、部屋にあるあの石を持ち出し急いでアパートへ向かった。
.
裏口から入り、座り込んでいる彼女の後ろに回る。
.
「ねぇお願い、 最近お母さんの調子も酷くて今も部屋で寝込んでるの。この子のためにもお願いだから帰ってきて!」
.
哀れな教師を見下ろしながら、私は思いきり石を持った腕を振り上げた。
.
そして一瞬にして、2人の命、もしかすると3人の命を奪ったかもしれない。
.
.
それでも私は後悔しないわ。
私にだって守りたいものがあるんだもの。
.
今回はきっと直ぐに警察の方々が叔母を怪しむはずだわ。
いくら深夜でもこの場所なら誰が見ていてもおかしくない。
.
.
.
春休みの間は2人の時間が増えてとっても幸せだった。
さやも楽しそうで良かったわ。
.
でも、学校が始まって初日からさやが風花という子と喧嘩してしまったみたい。
.
放課後には別のクラスになったはずの楓が来て、私が入ったさやのカバンを持ちさやがいる保健室へ向かっていった。
.
向かう途中でいきなり楓が止まった。
さっきの風花という子と話しているみたい。
.
「もうさやちゃんとは仲良くしない方がいいってお母さんとお父さんが言ってたよ! 楓ちゃんまで悪者扱いされたらどうするの?!」
.
「何でそんなこと言えるの.....分かった、ちょっとまた後で話したい事があるから...」
.
と、楓は公園で待ち合わせの約束をして保健室へ向かった。
.
.
次の日、風花の遺体が公園で見つかり学校ではみんなさやを疑った。
.
予想でしかないけれど、私のこの予想はきっとあっていると思うの。
さやへの好意が強いのは知っていたけれど、ここまでの執着心があの子にあるとは思っていなかったわ。
.
頭のいい子だから、そんな簡単には捕まらないでしょうけど、さやが疑われるとは考えていなかったのね。
.
もう何日もさやは学校に行けていないの。
どうしてくれるのかしら。
.
.
そして今度は叔父と叔母がいきなり旅行へ行くと言い出した。
逃げるつもりだわ。
何としても叔母には捕まってもらわないと、さやが疑われるかもしれない。
.
そう思った時、とっさに旅行カバンに私は隠れた。
最近は手まで少し動かせる程になっていた。
.
きっとさやは私が居なくなり心配するわ。
本当に1人にしてしまうのは心苦しいけれど、すぐに帰ってくるから大丈夫。
.
.
.
何とかバレずに隠れられ、叔母が警察に連れていかれるのを見届けた。
これでとりあえず大丈夫だと思っていたけれど、最後に叔父に見つかってしまった。
.
「何だこれは!汚らしい!」
.
叔父は怒りを私にぶつけるように思いっきり私を車の外へ投げて、急いで家へと向かっていった。
.
.
.
その後は地獄のような日々が続いた。
私はまたあと町へ戻ればさやと会えると信じ、動き続けたの。
.
最初は片足を使って跳ねながら移動していたけれど、その1本しかない足もボロボロになり、千切れてしまった。
動かない私の醜い足を引きづりながら必死に地面を這い続けた。
.
私が大嫌いだった醜い足も引きづられてなくなってしまったわ。
さやが綺麗と褒めてくれていた私の大好きな金色の髪もグチャグチャになってしまったわ。
.
.
それでもさやはきっと私の事を大切にしてくれるはず。
.
季節が過ぎ、また春が訪れた頃私はとうとう片腕になってしまった。
それでも動いたけれど、きっともう限界が来ている。
.
.
もうダメだと思い、辺りを見渡すと人の名前が彫られた石が並んでいた。
ここが墓地だわ。
私も人と同じ墓地で終わるのかと思った瞬間。
.
.
信じられない物が目に映った。
.
.
大きな石に刻んである名前は、大好きなさやの名札に書いてあったものと同じものだった。
.
.
そんな事ありえるはずがないと思ったの。
でも近くの石にはよく見ていた郵便物に書かれていた母親の名前と父親の名前が刻んであった。
.
.
石の下まで這った私は、どうすることも出来ずにただただ感情が込み上げてくるのを感じた。
気づくと涙が頬を伝っていた。
後悔に罪悪感、今まで感じたことの無い感情が湧いてきていたの。
.
でもきっと気のせい。
ほら、ただ雨が降ってきただけ。
.
.
何もかも手遅れだったのね。
最後まで所詮はただの人形でしかいられなかった事にまた悲しみが込み上げてくる。
さやの本当の友達、家族にはなれなかった。
さやが悩んでいても聞いてあげることしかできなかった。
最後まで一緒にいたかった。
.
.
.
.
ごめんね、さや。
守ってあげられなかったね。
.
次にまた生まれ変わったら、さやの大好きになれるお母さんになってあげる。
.
.
その時は人形なんか要らないくらいいっぱいお話して、公園でも遊ばせてあげるから。
.
.
ごめんね。