6年間の空白。はやかです。
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やっと書きました最終回でーす☆五十嵐早香
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私には名前がある。
母からは「さーちゃん」と呼ばれ、使用人からは「さや様」と呼ばれている。
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父はあまり私とは話したがらない。
当然だ。
無責任で身勝手なこの家の主からしたら私の存在は気にもとめないどころか邪魔なのだ。
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そして父は気づいている。
気づいていても気づぬふりをしているんだ。
あまりにも異常なこの家、彼の妻を。
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小さい頃から私は外で遊ぶのが大好きだった。
それに比べ、双子の妹は体が弱かったためか家の中で遊ぶのが大好きだった。
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母はピアノや手芸が好きで、特にピアノをいつも私達に教えようとしていた。
妹はいつもそのてのものに関心を向けていて母からは可愛がられていた。
全く関心を向けなかった私は諦められたのかピアノを強制されることも無くなり、そのうち構ってももらえなくなってしまった。
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母の趣味に興味がなかった訳では無い。
ただ、どうピアノを弾くかよりも、どうピアノが音を出すかという方に興味があった。
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「お母さん、なんでピアノは音が出るの?」
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そう聞いても分からないの一言で返事をされてしまった。
そして新たな疑問が生まれる。
母はピアノが好きなのに、何故ピアノには関心を持っていないのか。
好きな物には興味がわくものではないのか、と。
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その時は気づかなかった。
母が興味を持っているものはピアノではなく彼女自身なのだと。
そしてそれは子も同じだ。
ピアノと同様、ピアノを弾く子を持つ「自分」に興味があることに。
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そして私の一生を変える日は突然やってきた。
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双子の妹の死だ。
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生まれた時から病弱だった彼女はいつも何かと戦っていた。
双子なのに彼女だけが病弱で可哀想とも思っていたが、母親の愛を受けていて羨ましいと思った。
そして彼女は6歳の誕生日を迎えることなく死んだ。
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そんな彼女の死は本来私の立場からすると喜ばしい事だったが、特に何も感じない自分もいた。
きっと実の姉妹の事でも親の事でもあまり興味がなかったのだろう。
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どちらでもいいと思った。
だが母はそうもいかなかった。
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彼女の死は母に大きな精神的ストレスを与えた。
その後1週間食べる事すらまともにしなくなった母は宗教に救いを求めた。
あまり知られていない宗教で、良くない噂が流れる宗教だった。
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弱った母はすぐに信仰し初めた。
そして双子の妹が蘇ると告げられたれた母は、気味の悪い場所に私を連れていった。
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最初は母と二人で外に出ることは初めてで凄く嬉しかったが、着いた場所は洋服屋でも公園でもなかった。
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椅子に座らされた私は目を隠され、何か顔に塗られたり、何人かの人達に囲まれ気持ち悪い歌のようなものを唱えられたりした。
最後まで、怖くて泣くことしかできなかった私を母は助けには来てくれなかった。
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耳元で誰かが囁く。
「これからは彼女をママって呼ぶんだ。そうしたら君は幸せになれるよ、さやちゃん。」
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しばらくすると、目隠しがゆっくりと優しく解かれた。
目の前には泣きそうな母が私を覗き込んでいた。
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「....さーちゃんなの?」
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怖い。
誰でもいいから助けて欲しい。
小刻みに震えながらも何とか口を開けた。
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「...ママ」
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母は泣きながら椅子に座った私を抱きしめた。
恐怖で震えていた私をもう大丈夫だからとあやす母に、初めて涙が出るほどの怒りや憎しみを抱いた。
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生まれて初めての感情にガタガタと震える歯をグッと噛みしめる。
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死んだのは妹ではなく私だった。
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あれから母の体調は急激に良くなり、昔の母に戻った。
そしてその日以来私は常に誰かに見られているような視線を感じるようになった。
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母は私を病弱だと思い込み外には出してくれなくなった。
その代わりにと服でもおもちゃでもなんでも買い与えられた。
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6歳の誕生日には人形を買ってあげると人形店に連れられた。
全く興味がなかった。
その中でも一つだけ目に止まった。
棚の端に無造作に置かれた片足が不格好な金髪の人形。
欠陥品のせいか安く売られていた。
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その人形を自分に重ねてしまい呟いた。
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「お母さん、この子がいい」
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「え?」
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「あっ...その...ママ、私この子が欲しいの」
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母はその人形を見つめて少し不満そうな顔をしたが、結局買ってくれた。
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家に持ち帰ってその人形を眺めるが、よく考えるとそんなに似てもなかったなと少し笑えた。
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その日から文句や不満は全てその人形に吐いてきた。
最初は母から貰ったものなんてと思っていたが、人形と楽しく遊んでいると母のご機嫌も取れ、文句を言うストレス発散にもなった。
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数年経つと人形が汚れてきた。
母は汚れた人形が私に害があるかもしれないと捨てたがっていたが、そこまで捨てようとされると逆に捨てさせたくなかった。
別にその人形だろうが違う人形だろうがどうでもよかったのだが、ただ少しの反抗をしてみたかった。
もしかしたら少しはその人形にも情が移ってしまったのかもしれない。
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そして10歳になってからは両親の喧嘩が激しくなりストレスもより溜まるようになった。
母に与えられたその人形に当たりそうにもなったが、それだと両親と変わらない気がしてただ涙をこぼして耐えた。
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5年生の冬、父の経営していた会社の不正が町中に広まった。
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もしこの噂が本当なら父は連行されるのだろうか。
そしたら母と二人きりになるのだろうか。
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この事が知られていない遠い場所でコソコソと暮らしていかなければならないのだろうか。
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最悪だ。
せっかく築いてきた学校での人間関係だって、先生の信用だって水の泡だ。
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いつもこうだ。
どんなに努力しようと彼らが結局私を哀れにさせる。
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ふと考える。
彼らなしでは私は生まれていなかった。
でも今彼らが消えても私が消えることはない。
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全てやり直せるかもしれない。
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そんな淡い子供の期待は簡単には叶わなかった。
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両親の寝室に火をつけたあと、私は被害者面をして走って逃げた。
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手荷物もなしに叔父と叔母の家で面倒を見てもらうことになったが当然いい目では見られなかった。
昔は優しかった二人も今は冷たかった。
隣町まで父の噂は広まっていたらしい。
こんな厄介者引き取りたがるわけが無い。
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あの時屋敷から現金の束を持ってきていれば、まだ良かっただろう。
なのに何故かこんなボロボロの人形を持ってきてしまうなんてどうにかしてる。
自分でも意味が分からない。
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これは大きな失敗だった。
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そして不幸は続いた。
学校に通い始めて当然周りからは煙たがられた。
仲良くしてくれる子は一人居たがなにか別の感情を向けられていることに気づき、特に害がでるまで放っておくことにした。
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そして町では連続殺人事件が起きた。
気味の悪いことに全て自分に害をもたらした者が殺された。
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確信に変わったのは仲良くしていた楓という子の友達、風花ちゃんが殺害されたのだ。
風花ちゃんは最初から私の事をあまり良く思っていなかった。
春休みなどでなんとか信用を得たのだか6年生の登校日で喧嘩をしてしまい、その日の夜に殺害されてしまったらしい。
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ここまで自分の身の回りの人、それも全員同じ学校の人が殺されたらもう偶然では無いはずだ。
そして風花ちゃんが殺害されたのは楓ちゃんと風花ちゃんと3人でお花見をしたあの公園だった。
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自分に害をもたらした人間と学校での出来事を知っている人間なんて限られている。
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楓ちゃんだ。
きっと全て楓ちゃんがやったんだ。
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その日から学校に行かなくなった私が面倒だったのか叔父と叔母は旅行へ行くと家を出ていってしまった。
いつの間にか人形も無くなっていた。
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もうどうにでもなってしまえと思った時、玄関のチャイムがなった。
こんな遅い時間に誰が来るだろう。
怖いもの見たさでいきよいよくドアを開けてみる。
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そこには連続殺人犯が立っていた。
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「さやちゃん...ずっと学校来てなくて心配だったから...」
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「うん...寒いでしょ? とりあえず上がって」
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スリッパを床に置き家に上げた。
楓ちゃんはプリントなどを持っていた。
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もうどうでもういいんだよそんな事。
それよりも聞きたいことが沢山あった。
全部聞いてしまおう。
これ以上失う物なんてないのだから。
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「ねぇ、楓ちゃんが殺したんだよね?」
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「えっ...!」
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明らかに動揺を隠しきれていない彼女を見ると一気に怒りが込み上げてきた。
これからまだ変えれると少しでも思っていたのに。
本当にもう私の居場所は無くなってしまった。
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彼女が口を開いた時には私に聞く耳も持つ余裕なんてなかった。
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「全部楓ちゃんのせいだ!自分の身勝手な願望にどれだけの人が犠牲になったと思ってるの?!」
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台所にあった包丁を掴み彼女に向けた。
自分だって二人の命は奪っていたがそんな事は棚の上だった。
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「楓ちゃんなんかに会ってなければ....こんな酷いことにはなってなかったかもしれないのに!」
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震える両手で彼女の腹部を刺した時、彼女は自ら一歩こちらに寄って微かな声で耳元に囁いた。
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「ごめんね...」
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包丁を抜くとこちらにもたれるように倒れて床に崩れ落ちた。
彼女の血で真っ赤になった私は自分が何をしてしまったかにやっと気づき、絶望の中選ぶすべもなく自分の腹部を刺した。
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運の悪さだけは誰にも劣らない私は、あの後叔父に発見され助かった。
楓ちゃんは二度と帰らぬ者となった。
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私は施設に入れられ、今までの事を反省するようになった。
トラウマなどは簡単に消えるものでは無いし、ひね曲がった性格なかなか変えることもできないが、少しはマシになってきたかもしれない。
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最近では家族の墓参りにも行ける程心に余裕ができてきた。
勿論一人で勝手に行くことは許されていないが。
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花束を持って向かう。
そして墓が見えてきて、なにか置かれていることに気づく。
それを見た瞬間声も出なかった。
忘れていた物が再び蘇ってきた。
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妹の墓の前にはボロボロになったあの人形が置かれていた。
プパと名付けた6歳の時の誕生日プレゼント。
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忘れていたんだ。
母の愛に未練があっただけでそこまで大事にはしてあげられなかった。
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この数年間でようやく心に余裕ができてきたのに、一度も思い出してあげることすらできなかった。
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腕が一本になったその人形を見て、今までずっと私の事をもしかしたら探してきたのではないかなんて思ってしまった。
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おとぎ話なんて信じたことは無いが、そんな気がしてならなかった。
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涙が目から溢れ出た。
今更後悔しても遅いのに、もっと興味を持ってあげれば良かった、もっと大事にしてあげれば良かったと、歯を噛み締めながら涙を流した。
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その人形を両手で持ち上げると、微かに濡れていた。
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そしてさやの墓の前置かれていたのが何よりも悲しかった。
違う、あなたと過ごしたのはさやじゃない。
紛れもなく自分なのに、なんだかあの6年間から自分は消されているようで今でも悲しくなる。
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「ごめんね...さやじゃなくて、私あやなの...」
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きっと、自分の名前すら教えてあげられなかった。
もう遅いと思うけど、今からでも一緒にいた6年間の思い出を大事にしようと思う。
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あの6年間は一生忘れられない、私の空白の記憶だ。