孤独の、はやかです。第3話
カツ丼。
そう、この言葉が何度も何度も頭をよぎる。
確かにカツ丼は素晴らしい料理だ。腹が減った時にはどの店構わずこれさえ頼めば十中八九腹を満たしてくれる、ボリュームとスタミナが保証された料理だ。
数ある料理の中でもカツ丼は私の好物の五本指にも入る。
しかし最近では利便性を兼ね揃えた牛丼にはしってしまった。
そんなカツ丼不足のせいか、遂にはカツ丼で仕事に支障をきたしてしまったのだ。
どんなとは言わないが。
とにかくこれではまずい。
二度と同じミスをしない為にはこのカツ丼不足を消化できるようなカツ丼が必要だ。
インターネットで調べてみるも、カツ丼不足を消化できるようなカツ丼がイメージできない。
普通にいつものカツ丼でもいいかもしれないな...
そう模索していると、そいつは現れた。
うぉ...?!こいつは...!!
...これはこれは....
...流石の私でも参りそうだな...
その画像が現れた。
まさに「質より量」を主張するそれのインパクトは、私の胃袋に直撃した。
ドッッカーーーーン!!
これだ...!!!
私は店の場所を調べると駆け足で家を出た。
お、ここか。
ここがやつのアジトといったところか。
中に入るとテーブル席が並べられた、シンプルで和風な内装。至って普通の小綺麗なチェーン店って感じだ。
カウンター席は無いが1人でも入れるような、ファミレスとは違う程よい照明の暗さと木目調で統一されたオシャレな雰囲気。
ランチタイムを過ぎているせいか人混みもなく落ち着いている。
席に着くと同時にテーブルに置いてあったメニューを手に取り即座に開いた。
どこだ...
とこだっ...!
あ、あった!!
メニューには1ページを大きく埋める3つの「山」が並んでいた。
とにかくインパクトがすごい。
そこには
「富士山唐揚げ定食」
「マウンテンかつ丼」
「エベレストかつ丼」
というメニューがあった。噂通りだ。
そして、一際目を引いたのがこの「マウンテンかつ丼」。
ロースかつ100g、ヒレかつ60g、チキンカかつ120gの超ヘビー級カツ丼だ。
カツ丼といえば卵が上あって出汁がきいている感じだがこれはもう違う。
ソースのかかったカツがどんぶりご飯に積み上げられている。
もうわざわざ丼にしないでかつ定食にしても良いのではと思ってしまったが、そこはロマンを持つんだ。ロマンを持たない人間は大人しくカツ丼屋で松を頼むんだな。
となりにあるマウンテンより更に高さのあるエベレストは大エビフライが2本追加されていて、迫力はあるが値段の迫力も2倍以上なのでランチで食べるにはちょいとキツめ。
という事もあり、今回はこのマウンテンかつ丼を食べることにした。
しかし1000円でご飯とキャベツとお味噌汁がおかわり自由なのもかなり好感が持てるな...
待っている間に千切りキャベツとお味噌汁を飲もう。
うん、瑞々しくてシャキシャキフワフワのいい千切りキャベツだ。キャベツはかなり細く切られていていくらでも食べれてしまいそうになる。だが、ドレッシングはテーブルに置かれたごまドレッシングかソースのみになる。
しばらくキャベツを無心で頬張っていると、テーブルにかかった大きな影に気づく。
顔をあげると、
???「はい! カツ丼っ....埼玉県出身...」
え、
店員「マウンテンかつ丼のお客様...」
「あっ...はい」
ん...今一瞬脳裏に何か思い出してはいけないような....
やめよう。
今はこいつに集中だ。
おぉ....やはり迫力はすごい。
溢れんばかりのカツが積み上げられ、もうどれがチキンカツかヒレカツかなんて分からない。
写真では丼の蓋がご飯に刺さってたりしてたが、蓋はついていなかった。
だが実際腹を存分に空かせてきたせいか胃袋は全く動じない。完食できる自信がなぜかあった。
お盆に乗せられてきたので気づかなかったが、丼を持つとかなりの重さで慎重に置いても「ゴドッ」と音が出る。
さぁ、始めようじゃないか。
時間はいくらでもある。
「いただきます...」
まずは上の方にあるソースがかかったカツを掴み口に入れる。
んぅーー!
サックサクだ!
しっかりサックサクではないかっ!
しかも衣を厚くしている訳でもなく、程よい肉と衣の対比。
これは「質」も期待していいみたいだ。
そしてご飯を探るために箸を丼に突き立てる。
「くっ...出てこい...っ!」
ご飯がなかなか出てこない...
てこの原理使い、箸を丼の縁に押し付けながらカツの山を少し持ち上げると、キャベツとご飯が確かに下敷きになりながらも生存していた。
今助けてやるからな。
その隙間に箸を突っ込みご飯とキャベツを慎重に掻き出した。
少しでも気を緩めれば山が崩れる。最悪の場合なんきれかのカツを失うことになりかねない。
ご飯とキャベツをかきこむ。
うん。
美味しい。
普通に美味しいんだ。
でもやっぱりこれは「カツ丼」というより口の中ではかつ定食なんだよな。
まずカツ丼のカツにソースがかかっている時点で.....
だめだ!!
食とはロマンが命だ!
子供が大きなバケツプリンを夢見るのと同じなんだ!
あれだって別に普通のプリンをお腹いっぱいに食べた方が食べやすいし、キャラメルとバランス良く食べれるのなんてみんな知ってるんだ。
それでもバケツプリンに夢を持つのは、もはや意地。ロマンを持った人間の意地なんだっ...!
これだって...分けた方が食べやすいなんてみんな分かってるさ...
しかもご飯のおかわりだって...丼じゃあどうやってよそえばいいかなんて想像できない....
ずっと気になってたんだ...
それでも...!
道中に胃も心もワクワクさせていたのはこのフォルムがあってこそなんだ。
二切れ、三切れ、と黙々と食べ進めていく。
本当にサクサクしていて美味い。
セルフサービスのお茶はカツによく合うお茶らしく、スッキリしていて相性抜群だ。
最初から味がついているのか、ソースがかかっていなくてもご飯と食べれる。
なんきれか食べているとカツの区別もつくようになってきた。
この辺でキャベツの追加。
シャキシャキキャベツを追加することで飽きも防止できる。
食べても食べても減らないカツ丼....
本当に幸せだ。
いつもならおかずとご飯の比率を無意識に考えながら食べでしまうが、そんな事はここでは不要。
好きなだけご飯もカツも食べていいんだ。なんて最高なんだろう。いつもならこのくらい食べたあたりで減り加減を気にしてしまうのに。
食べ始めて20分経つ辺りででそんな幸福感に包まれた。
だがもう10分経てば一気に心境が変わっていく。
減らない。
相変わらず山積みになったカツ丼を見て焦りを感じる。ご飯を掻き出すためにカツを端に寄せて積むため、高さは全く変わっていない。
変わっているのは丼の一箇所だけは底が見えてる事ぐらいだ。
どうしたものか....
まだ腹に空きスペースはあるもののその変動の無さに圧倒される。
実際には半分、いや、半分以上食べ終わっているかもしれないが、かつ定食のカツ1人前ぐらいはまだ残っている。
ゆっくり食べ進めるが限界が近づく恐怖がふつふつと沸いてくる。
案の定食べ進めて1時間経ったが未だにカツは残ったまま。もうチキンでもヒレでもどうでもよくなる。
結局1時間以上の格闘を終え、私は敗北を認めた。
「あの、残ったものテイクアウトでお願いします...」
戦いの残骸と敗者の顔を見た店員は、かしこまりましたと一言言い残してニコニコとしながら立ち去った。
プラスチックの入れ物を受け取り黙って残ったカツを箸で詰めていく。
もうなんきれかしか残っていなかったがそれすらも食べれない程腹がはち切れそうだった。
その後も身動きが取れず、30分くらい入れ物に詰めたカツを前にただボーッと椅子に座ってカツが降りるのを待った。
「ふぅ...帰るか...」
重い体を持ち上げ、カツを鞄にしまう。
滞在時間約2時間。
マウンテンかつ丼、登頂失敗ってとこか。
次はどの山に挑戦しようか。
マウンテンとかいう喫茶店もあったな...
いや、当分「マウンテン」はお預けしたいところだな。
後日、持って帰ったカツを食べたら素直に美味と感じた。
カツ丼ってやっぱりいいな。
次はどこの山に登ろう。