この病はどこから #かとゆい妄想劇 #かとゆいにっき 30
"失礼しまーす、足擦りむいちゃったんですけど"
なんてことないいつもの昼休みのこと。
部活の自主練習をしていたら足を滑らせて転んでしまったわたしは、右足を引きずりながらようやく保健室に辿り着いた。
"えー…誰もいないの?"
右足の膝がズキズキと痛むのを感じる。
仕方なく消毒液のある机まで歩を進め、丸椅子に座る。
"っ痛…"
ふとベッドの方に目を向けると、奥から2番目のベッドで誰かが眠っていた。
誰か、っていうか、
保健室の先生では?
そっと近寄ってみるとうちの学校の養護教諭がすやすやと寝息を立てていた。
新任式でやる気なさそうに突っ立っていて、体育館が少しざわついたのをなんとなく思い出す。
あの時の睨むような目付きから、今眠っている姿は想像しにくい。
"先生"
"んぁ…"
先生がゆっくり目を開く。
"ぁに?"
あ、先生だ。あの先生だ。
"いや、わたし。怪我したんですけど"
あー、うー、と唸りながら体を起こして、わたしの膝にちらりと一瞥をくれ、
"そんくらい自分でやりな"
と言い放ち、また横になった。
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"あの、先生"
"あ〜?また怪我?"
"そんなめんどそうにせんでも…"
わたしは高校に入ってからテニスを始め、慣れない動きに未だ怪我をよくしてしまう。
わたしの肘に遠慮なく消毒液をあてがい、絆創膏を取り出そうとする先生の動きをぼんやりと見つめてしまう。
肌のきめ細かいなあ、
横顔も綺麗なのにこんな感じなんだもんなあ
思わずクスリと笑ったわたしに先生が"うわぁ…"と恐ろしいものを見たような顔をした。
保健室は涼しくて、懐かしい匂いがした。
絆創膏の数は増える増える。今年の夏はまだこれから。
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"失礼します"
"あ〜はいはい、ちょっと待ってな"
先客がいたようだ。
クラスの女子たちがよく騒いでいる、ひとつ上のサッカー部の先輩。
先生、半袖だ。暑いもんな、もう。
具合悪そうに俯いている先輩に、先生が体温計を差し出す。
先生の真っ白い首筋が眩しくて、目を瞑りそうになる。
体温を計り終えた先輩が先生と話し、ベッドに横たわるまでをずっとぼんやりと眺めていた。
_____あ、あの時先生が眠っていたベッドだ…
ちくりと胸が痛むのを感じる隙もなく、先生が言う。
"好きなの?"
珍しくニヤニヤと笑う先生。
ポタリ、鼻から何かが落ちる。
_______鼻血?
"思春期してんじゃん"
そんなふうにからかう先生に、何も言い返せなかった。
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"好きです、付き合ってください"
その、よく喋るクラスメイトの男子に対して、何か今まで意識したりとかはなかった。
先生と目を見て話せなくなった頃のこと。
快諾してしまったのは、なんでだったのか、自分でも分からない。
"でも大切にしようと思ってるんですよ、先生"
"ふうん…知らないけど。どこまでいったの"
思わず咳き込んでしまう。そんなこと聞く教師がどこにいるんだろう。
"ゆっくり、ゆっくりですよ先生。焦らないんです。"
"ほう?"
"ムードが大事なわけです"
"へぇ"
あ、先生の唇、
薄いな、
あれ
先生が長い髪を指で梳いた仕草が、やけにスローモーションに見えた。
"ムードも何もないじゃない"
唇の熱が消えない。
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例の男子と、付き合って3ヶ月経った。いつの間にか。
キスをした。彼の部屋で。
先生の温度が残ったままで。
眠たい午後の現国。窓の外を見ていた。
目が痛くなるくらい真っ青な空と蝉の声で、嫌なくらい夏を感じる。
5限目の教室は、だいたい静まり返り、あちらこちらから寝息がきこえてくる。
わたしも一眠りしようかな。
_______ごめん
________勘違いだったら申し訳ないんだけど
________俺じゃなくて、他に好きな人、いる?
"…………うん……"
鼻の奥がつんと苦しい。
ガタッ
"すみません、体調悪いので保健室に"
"え?あ、お、おう……"
2階の渡り廊下を渡った旧校舎、1階まで全力ダッシュ。
階段を下った先の扉に手をかける。走ったせいか、心臓が痛いくらいうるさい。
"失礼します"
誰も、いない?
ゆっくりと保健室の中を歩き回り、見つける。
奥から2番目のベッド。カーテンをあける。
"せんせ、"
"…かだよ"
"…………え?"
"ばかだ、あんた"
表情は見えない。
"せんせい、"
視界が歪み、喉の奥があつくなる。
ねえ、
なおして、先生、